大判例

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東京高等裁判所 昭和50年(う)960号 判決

被告人 小暮孝夫

〔抄 録〕

所論は、原判決は、過失の成立要件に関する法令の解釈適用を誤まった違法があると主張し、本件交通事故が、交通整理が行なわれておらず、左右の見通しのきかない、幅員のほぼ均しい十字型交差点で、交差する道路の側に一時停止の道路標識がある場合に、自動車同士が出合い頭に衝突した事案であることを前提としたうえで、被告車に徐行義務があるとした原判決の解釈は誤まっている、原判決が依拠したと思われる最高裁判所昭和四三年七月一六日判決(刑集二二巻七号八一三頁)の判旨には疑問がある、のみならず、右判決後道路交通法が改正され、新たに同法四三条後段として、一時停止の規制を受ける車両の運転者は、交差する道路を通行する車両の進路を妨害してはならない旨の規定が設けられたので、その反射として、これと交差する道路を通行する車両には優先通行権を有することが確認された、従って右判例はすでに適応性を失ったものである、という。そして、さらに、仮に、道路交通法四二条の解釈上、被告車に徐行義務があるとしても、被告人は本件現場近くの鍍金工場に勤務し、一日に何回となく本件現場を通行し、交差道路に一時停止の道路標識があることをよく知っており、ひいて、交差道路を通行する車両は規制に従って一時停止し、自車に進路を譲ってくれるものと信頼していた、かかる信頼は十分保護に値するものである、また前記昭和四三年七月一六日の判決のあと、最高裁判所は、昭和四八年五月二二日判決(刑集二七巻五号一、〇七七頁)で、黄色点滅信号に直面した車両の運転者に信頼の原則を適用して過失はないと判断し、また大阪高等裁判所は、昭和四九年六月二六日判決(判例タイムズ三一一号二七八頁)で、本件類似の事案につき信頼の原則を適用して運転者を無罪としたが、これらの判旨に照らせば、本件についても信頼の原則を適用して、被告人の過失を否定すべきである、という。

よって記録を調査すると、本件の事実関係は原判決の認定するとおり、市街地の比較的交通閑散な十字型交差点での、自動車同士の出合い頭の衝突事故であって、被告車の進路の幅員は七・三五メートル、相手車の進路の幅員は七・三〇メートルで、ほぼ均しく、交通整理が行なわれておらず、ともに左右の見とおしは悪かった、被告人は普通貨物自動車を運転して、時速約三〇キロメートル(制限速度は三〇キロメートル毎時)で交差点へ入り、相手車の運転手大河原政一は、交差点の手前にある一時停止の道路標識を見落して、時速約三〇キロメートルないし四〇キロメートルで交差点に入り、被告車の左側面に衝突し、同人が負傷した、というのである。

右の諸事実を前提として検討すると、本件の場合、被告人に対しても道路交通法四二条一号により徐行義務があるものと解するのが相当である。けだし、交通規制はその性質上画一的なものでなければならないところ、前記最高裁判所昭和四三年七月一六日判決の指摘するように、交差道路に一時停止の道路標識があることを認識することは必ずしも可能であるとは限らず、運転者にその認識が有るか無いかに従って徐行義務の有無を決するとなれば、かえって無用の混乱を招くこととなるほか、本件のような、さほど幅員の広くない道路の交わる交差点では、一時停止の規制に服しない歩行者の存在も顧慮しなければならないからである。従って、弁護人指摘の道路交通法四三条後段の規定の新設にもかかわらず。右最高裁判所判決は有効なものと解せられるのである。

もっとも、弁護人所論のように、道路交通法上の義務違反が直ちに刑法上の過失となるものではないから、さらに、被告人に業務上過失が有るか否かを検討する。ところで、さほど幅員の広くない道路が交わる交差点で、左右の見とおしが効かず、かつ交通整理も行なわれていないときには、高速で進行しうる車両の運転者としては、出合い頭の衝突事故の発生を避けるため、交差点に入る前に減速し、徐行することは、道路交通法の規定をまつまでもなく、当然の義務である。本件現場は、東京都の西部で、国道一六号線から入った、工場などのある地帯で、被告車の進路は幅員が七・三五メートルしかなく、被告車(普通貨物自動車とはいえ、ダッシュナンバーが一で、かなり大きいもの)にとって余り広いものとはいえず、かつ最高速度が被告車の進路について三〇キロメートル毎時に制限されているところからみても、見とおしの効かない本件交差点へ制限速度ぎりぎりの時速約三〇キロメートルで入ること自体、かなり危険な行為といわなければならない。そして、本件交差点では、被告車の進路を通行する車両は一般に徐行することなく進行し、交差道路を進行する車両は一時停止し、進路を譲るという事実があり、そのことがあまねく当地方の運転者に知られているといった、特別な事情があるという証拠はない。そのような状況の下で、被告人がたまたま交差道路に一時停止の道路標識があることを知っていたとしても、そのゆえに、交差道路通行車が必ず一時停止してくれるものと信頼したことが無理からぬものとはいえない。

(矢部 石橋 藤野)

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